- 公開日:2020年03月11日
映画の世界が現実に!体内埋め込み型デバイスの進化
デバイスは「身に付ける」から「埋め込む」時代へ
近年、無線通信の技術開発とICT機器の小型化により、デバイスはデスクトップなどの据え置き型から、ノートパソコンやスマートフォンといった携帯型へと進化してきた。そして、身体に身に付けるウェアラブル機器が登場し、IoT技術の進展によりスマートウォッチやスマートグラス、スマートウェアが産業分野で活用されるなど、ウェアラブルデバイスは私たちの生活により身近なものになってきている。
そうした中、身体に身に付けるデバイスの延長線上にあり、日常シーンでの活用が進み注目を集めているのが、体内に埋め込むことができる「インプランタブルデバイス」である。
インプランタブルデバイスは、人間の体内に埋め込んだ形で利用するセンサー機器である。体内に埋め込んだマイクロチップで家や車の鍵の開閉、オフィスのプリンター操作、鉄道への乗車などが可能になる。まるで映画のような話だが、これらは既に欧州や米国などで実用化されている。
例えば、スウェーデンの国営鉄道「SJ」では、乗客の手に埋め込まれたインプランタブルデバイスを使用して乗車料金のキャッシュレス決済を実施している。また、米国の自動販売機メーカー「スリー・スクウェア・マーケット」では、任意で従業員の手に個人情報を登録したマイクロチップを埋め込み、社内の入退室管理を行ったり、クレジットカードや現金がなくても決済を行えるようにする取り組みを行っている。
生体認証でも同様のことはできそうだが、マイクロチップの利点は瞬時の認証が可能になる点にある。駅やビルの入場など、多数の認証を素早く実施しなければならないところでは、マイクロチップによる認証が効果を発揮する。
開発が進むインプランタブルデバイス
マイクロチップのほか、現在開発が進んでいるインプランタブルデバイスの代表例が、デジタルメディスンとスマートコンタクトレンズである。
デジタルメディスンは、服薬状況を管理するためのセンサー付き錠剤である。例えば、主に精神疾患の分野での服薬管理を強化するために大塚製薬が米国のベンチャー企業のProteus Digital Healthと共同でデジタルメディスン「エビリファイ マイサイト(Abilify MyCite)」を開発している。同薬は既に、2017年に米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けており、2020年から米国での販売開始を予定している。
精神疾患は医師の処方に従った適切な服薬がないと再発し、症状が悪化する。従来は困難だった適切な服薬管理を可能にする手段として、デジタルメディスンに大きな期待が寄せられている。
スマートコンタクトレンズは、さまざまな情報を収集し、医療などに活用できるコンタクトレンズであり、医療用途からARなどのエンターテインメント用途まで、幅広い分野での活用が期待されている。この分野を先導する眼科医療機器開発ベンチャーのユニバーサルビューは、度数がなく、検査なしで使用できるピンホールカメラ方式の老眼矯正用コンタクトレンズを開発している同社のノウハウを応用し、リファレンス製品と開発キットを提供するスマートコンタクトレンズの汎用プラットフォーム開発を目指している。
スマートコンタクトレンズについては、米アルファベット(グーグル)も無線チップと血糖測定センサーを備えた医療用製品の開発を行っているが、ユニバーサルビューが開発中の製品もブドウ糖センサーなどを搭載し、早ければ2024年の実用化を目指している。
また、サムスンやソニーからも各種センサーやカメラを内蔵したスマートコンタクトレンズの関連特許が申請されており、実用化が待ち望まれている。
デジタルメディスンとスマートコンタクトレンズ以外にも、多種多様な進化を遂げるインプランタブルデバイス
デジタルメディスンとスマートコンタクトレンズ以外では、現在大阪大学がALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の生活支援としてBMI(ブレーン・マシン・インターフェイス)の研究を進めている。BMIとは、脳波を解読し、無線技術などを介してコンピューターを操作する仕組みである。脳卒中・精神疾患・脊髄損傷などの患者支援、義手・義足への支援など幅広い症状の患者支援として期待されているが、大阪大学では実際にALS患者への支援として埋め込み型のBMIを適用する研究が進められている。
ALSは運動をつかさどる神経「運動ニューロン」が障害を受ける病気であり、脳から必要な部位の筋肉を動かす命令が伝達されなくなることによりどんどん筋肉が衰えていき、痩せていく一方で、体の感覚、視力や聴力、内臓機能などはすべて保たれる。このALSの患者をBMIで支援できるようになれば、日常生活の大きな助けになることは確実である。
さらに未来のデバイスとして注目を集めているのがナノボットである。ナノボットは、ナノテクノロジーによって製造されたナノメートル単位のロボットである。人工知能研究の世界的権威であり、技術的特異点(シンギュラリティ)に関する著述で有名なレイ・カーツワイル氏は、このナノボットを脳の毛細血管に送り込むことで、人間の知能を向上させられ、さらにバーチャル空間に完全に入り込めると述べている。
現在は、脳波の変化を読み取って、体の中で自動的に必要な薬を投与できるナノボットの開発が、イスラエルのヘルツリーヤ学術研究センターとバル=イラン大学の研究チームで進んでいる。
その他、耳に埋め込むイヤフォン、口に隠せる小型ワイヤレスマイク、脳に電流を流して反応速度を高めるヘッドセットなど、さまざまなインプランタブルデバイスの開発が進められている。
こうしたインプランタブルデバイスに対して、「機器を体内に埋め込むなんて痛そう」といったイメージを持ったり、人体にものを埋め込むこと自体に抵抗感を持つ人も少なくないだろう。しかしながら、冒頭で紹介した米国やスウェーデンで使用されているインプランタブルデバイスは、一般的に米粒大程度の大きさで異物感がなく、埋め込みの際も痛みを感じず、現在のところは特に体内に埋め込んでも問題はないとされている。
インプランタブルデバイスの普及でチャンス到来?ビジネス加速の鍵
インプランタブルデバイスの普及に向けた最大の課題は、プライバシーや個人情報といったデータの取り扱いである。取得した生体データは個人情報に分類されるため、取得や収集、保管に細心の注意が求められる。そのため、サイバーセキュリティ上の脆弱性は大きな懸念材料となる。
また、インプランタブルデバイスを埋め込まれた人体への影響も気になるところだ。米FDAは2005年、埋め込み型マイクロチップの主流となっているRFIDチップについて「皮下に入れても安全である」と公式に発表しているが、長期的に安全性を担保できるのか、機器のアップデートや故障時の対応はどうするのかといった問題も挙げられる。そのほか、前例がなく、新たな規格が必要になる可能性も十分に考えられ、法制度の整備といった問題もクリアしなければならない。
このように、インプランタブルデバイスの実用化に伴う課題は複数あるが、技術の進化によって安全なインプランタブルデバイスが開発されれば、社会実装は進み、日常シーンでの利用の拡大が見込まれている。
インプランタブルデバイスの進化は、機器を製造するメーカーだけが関与するものではなく、それ以外の分野の企業にも関係している。インプランタブルデバイスでは多種多様なデータが扱われるため、利用者が自身のデータを提供する代わりに便益を得る、個人DaaS(データ・アズ・ア・サービス)の動きが加速する可能性がある。そのため、ウェアラブルデバイス同様、インプランタブルデバイスにおいても、あらゆる分野の企業にビジネス活用の可能性があるといえるだろう。
パソコンやスマートフォンで実現していることの多くが、インプランタブルデバイスでも同様に行える時代が訪れれば、多くのビジネスに活用できるチャンスが生まれることになる。これから企業には、技術の進歩や変革を恐れず、積極的にコミットしていく前向きな戦略が求められる。
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