- 公開日:2021年01月13日
生産の現場が変わる『エッジコンピューティング×AI』とは!
クラウドの弱点を補うエッジコンピューティング
クラウドコンピューティングとIoTの普及により、あらゆる情報をクラウド環境に集約する流れが加速して久しい。その結果、やりとりする情報量が急増し、「通信遅延」が問題視されるようになった。
クラウドにアクセスする場合、現場端末(エッジデバイス)からデータを送信、データセンターで処理後、エッジデバイスがリターンを受信するまで、数ミリ秒単位のタイムラグが発生する。通信状態の悪い場所では、タイムラグは秒単位にまで広がるケースもある。このように、通信環境に大きく左右されるクラウドだけでは不十分だと判断した企業が、その弱点を補うために導入し始めたのが、「エッジコンピューティング」だ。
エッジコンピューティングとは、利用者の近くにサーバを分散配置して情報を処理する、あるいは利用者のIoT機器そのもので情報を処理する技術のことである。クラウドコンピューティングが、データセンターのサーバに情報を集約して処理する「集中処理型」であるのに対し、エッジコンピューティングはエッジデバイス側で情報を処理する「分散処理型」といえる。
エッジコンピューティングの4つのメリット
エッジコンピューティングには、4つのメリットがある。
①通信を介さないリアルタイムのデータ処理で遅延リスクを低減
②重要データをクラウドに送らないことでセキュリティリスクを低減
③膨大な現場データをエッジ側で処理することでデータ量および通信コストを削減
④クラウドサービスがダウンした際のBCP(事業継続計画)対策
次世代通信規格「5G」の活用も期待されるが、膨大なデータの送受信には限界があるため、クラウドとエッジコンピューティングを併用していくことが利便性向上の鍵となる。活躍が期待される分野も幅広く、収集したデータを効率的に使うスマート農業や、リアルタイム性が求められる自動運転車や工場の製造ライン、膨大なデータを扱う小売業の現場などで普及が進んでいる。
「クラウドAI」の課題を解決する「エッジAI」
速度と情報量を飛躍的に向上させる5Gの登場は、エッジコンピューティングとの融合で通信遅延問題を大幅に改善するが、それでも対応しきれない分野が残されている。例えば、事故を起こしてはならない自動運転車、人命を預かる医療用ロボット、リアルタイムの制御が求められる工場の製造ラインなど、エッジデバイス側で高速に処理しなければ対処できない分野は種々ある。そこで登場したのが、デバイス側で自律的に即時処理する「エッジAI」である。
AI(人工知能)は、ディープラーニング(深層学習)の登場で一層の進歩を続けているが、膨大なデータを蓄積・処理できるサーバや豊富なコンピュータリソースを必要とするため、これまではクラウドAIが主流となってきた。しかし、人命に関わるなど高速応答性が求められる現場では、クラウドAIの通信遅れは致命的な欠陥となる。
また、クラウドに大量のデータを送信する際に使用するネットワーク帯域、データ処理に伴う消費電力の増大、通信コストの増加、クラウドに上げたくない重要データのセキュリティリスクなども、クラウドAIが抱える課題だ。これらの課題はエッジAIで解決することが可能である。
「速さ」はもちろん安全性と信頼性もエッジAIのメリット
エッジAIは、クラウドではなく、利用者のIoT端末自体にAI機能を組み込んだ分散処理型モデルのことだ。各種エッジデバイスにAIを実装すれば、その場で学習しながら推論、解析し、即座に反応するという一連の処理が行えるようになり、通信を介さずに限りなくリアルタイムに近い高速応答性が得られる。
あるいは、コンピュータリソースに負荷がかかる「学習」はクラウドAIに任せ、エッジAIは「予測」と制御のみに専念することでも、通信遅れを回避できる。現状でスタンダードな手法は、「大局的」な学習と分析・判断は高性能なクラウドAIが担当し、スピードが重視される「局所的」な予測と分析・判断はエッジAIが担う方法だ。
エッジAIの優位性は、速度だけではない。「通信」に潜在するさまざまなリスクが解消される点も、メリットとしてあげられる。例えば、通信環境が悪い現場でのクラウドAI運用は、信頼性が担保されず常に不安がつきまとう。また、インターネット経由でのデータ送信やクラウド上にデータを蓄積することの不安など、高度なセキュリティが求められることも多い。
エッジAIであれば、現場での対処をエッジ端末単独で行えるうえ、エッジ端末側で処理した後の、扱いやすいデータのみをクラウドに送信することでセキュリティ不安を払拭することもできる。このように状況に応じて、クラウドAIとエッジAIを使い分けることで、高速性と安全性、さらに信頼性も高められるということだ。
製造業の効率経営を実現するエッジAI
高速・高精度・大量生産する工場では以前から、製造ラインが異常を起こす前に予測し、メンテナンスが行えるように、クラウドAIの導入が進展してきた。クラウドAIは、蓄積したデータから予測モデルを作り、機械の不調や異常の兆候を迅速に発見して事前に警報を発し、ライン停止による損失防止や人員の安全を確保する。そのためには製造現場から、常時生成される大量のデータをクラウドAIに送る必要があるが、すべてのデータをクラウドに送ると、通信遅延やコストの問題などが発生する。
もとより5Gを使っても、クラウドとエッジ間には数ミリ秒単位の通信遅れが発生し、ファクトリーオートメーション機器など、リアルタイム性が求められる端末の運用では、致命的な問題となる。高速・高精度・大量生産の製造ラインでは、瞬時の制御遅れが多額の製造ロスや損益となるほか、労働災害にもつながりかねないからだ。これが、製造ラインにおけるクラウドAIの弱点であった。
この弱点を補うために、工場の製造ラインではエッジAIの導入が進んでいる。リアルタイムに近い制御を実現するために、製造ラインのエッジAIには、クラウドAIで生成された学習モデルがあらかじめ実装されているケースが多い。学習が不要になれば、予測のみをエッジ側で処理すればよく、予測から制御のプロセスに至るまで通信が介在しないため、通信遅れが問題になることもないからだ。
また、各種センサーによって常時、製造用機器の状態を計測・監視することで、機器の振動や異音などからAIが劣化状態を判断し、ラインを緊急停止させることなく、部品交換や修理を警告する「予知保全」もスムーズに行える。
とりわけ、精密部品などを高速・大量生産している製造ラインでは、こうした予知保全の徹底が、不良品の発生低減や歩留まり率の改善、コスト効率の向上などに直結するため、工場経営陣からもエッジAIは注目を集めている。こうしたAIならではの能力に、柔軟な対応が可能な人的技能が加われば、製造現場の運用効率は飛躍的に向上する。
そういった理由から、製造業などのスマート工場ではエッジAIを活用した経営効率化が進んでいる。
企業だけでなく、家庭でも活用が広がる「エッジAI」
エッジAIは産業界のみならず、スマートフォンなどのコンシューマ製品にも広がっている。AppleのiPhoneは、CPU(中央演算処理装置)やメモリなどをひとつのチップに搭載する「SoC(システム・オン・チップ)」を採用しているが、これに機械学習に対応したAI「ニューラルエンジン」を組み込み、顔認証機能を可能にしている。
また昨今では、AI機能を組み込んだルームエアコンがブームとなっている。パナソニックや富士通ゼネラル、三菱電機などがすでに製品を売り出しており、各社ともエアコン本体に組み込んだエッジAIが各家庭の室内環境や利用状況を学習して、最適なエアコン環境を維持できるようになっている。
中小企業でもエッジAIの投資効果は高い
このように注目されるエッジAI市場だけに、日本国内でも市場に参入する企業は増えている。ベンチャー系のAI開発企業をはじめ、大手家電、電機メーカーなどがさまざまな分野でエッジAIの普及を加速させている。IoTの進展と相まって、今後エッジAIの活用分野は一層の広がりを見せるだろう。
製造ラインにAIを活用するなど想像もつかなかった時代と違い、カメラや計測機器、感知機器など種々のセンサー端末が発達し、クラウドとIoTの普及による遠隔コントロール技術が成熟している現在では、エッジAIは中小の製造業でも十分に導入可能な技術となっている。むしろ、人手不足に悩む中小製造業こそ、エッジAIの効果が最大限に活かせる現場といえる。投資対効果を検討する価値は、十分にあるはずだ。
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