デジタル庁は企業にとってプラス、マイナス?その影響を考える

デジタル庁は企業にとってプラス、マイナス?その影響を考える
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いよいよ発足したデジタル庁、設立の背景と役割

2021年9月1日、日本のデジタル政策の司令塔となる「デジタル庁」が発足した。
他省庁に勧告できる強い権限を持ち、国と地方のシステム統一や行政手続きのオンライン化の実現を最大のミッションとしている。菅義偉前首相は、デジタル庁を司令塔に「スマートフォンひとつで手続きがオンラインでできる社会を目指す」と表明した。
発足時の職員は600人規模で、そのうち約3分の1は民間人材を採用、事務方トップのデジタル監には一橋大名誉教授の石倉洋子氏を起用した。

デジタル庁のホームページには、今後取り組む4つの政策が示されている。詳細はホームページを参照いただきたいが、目玉政策を要約すると次のようになる。

1. デジタル社会に必要な共通機能の整備・普及

マイナンバー制度や「GビズID」(法人や個人事業主のための共通認証システム)の整備・普及。「ガバメントクラウド」の整備・運用と地方公共団体の基幹業務等システムの統一・標準化を推進する。

2. 国民目線のUI・UXの改善と国民向けサービスの実現

行政デジタルサービス共通のデザイン策定により、一貫したUI(ユーザーインターフェイス:操作性)とUX(ユーザーエクスペリエンス:体験性)を提供。子育てや介護など行政手続のオンライン窓口「マイナポータル」や、公共フロントサービス(ワンストップサービス等)を整備・普及させる。

3. 国等の情報システムの統括・監理

国の情報システムの標準化や統一化を推進することで、効率的なシステム整備や民間との情報連携を可能とし、ユーザー視点の行政サービスと業務システムの改革を一体的に進める。

4. その他

デジタル人材の育成・確保。調達における公平性・透明性の確保、新技術を活用するための改革等の推進。

これらの政策のうち焦点となるのは、「公共DX」とも言われる、国と地方のシステム統一や行政手続きのオンライン化である。
中央省庁の縦割り行政、自治体ごとに独自運用されるシステムという旧弊を打破してシステムの標準化を進めるには、各省庁や自治体に勧告できる強い権限と、関連予算の集約も必要になる。中央省庁と地方自治体全ての行政システムを、政府の共通クラウド基盤へ移行させるには、膨大な時間と労力を要すると予想されるが、デジタル庁ではこれを2025年度末までに達成することを目指している。

コロナ禍で露呈した「デジタル敗戦」、気がつけば日本は「IT後進国」に

政府がこうした国家レベルのDXを推進するに至ったきっかけは、コロナ禍であった。給付金やワクチン接種手続き等の混乱と遅れが全国で頻発し、その原因が行政のアナログ業務にあることが露見したのだ。
手書き書類と押印による申請、郵送・FAX等で処理される旧世代の行政手続きが、迅速な事務処理を妨げていた。時の政府が何度もIT改革を政策化してきたのだが、公文書の紙管理はなくならず、行政現場でのデジタルシフトが一向に進められない環境が続いてきた。結果、日本のデジタル化の遅れは、決定的なものとなってしまった。

現場業務のみならず行政の情報システムそのものも、各省庁や自治体ごとにデータ形式や業務手順がばらばらで、共有や連携には程遠いIT環境にあることもDXの足を引っ張っている。各種の申請・手続きを、市民自らがオンラインで簡単に行える国々に比べ、日本は明らかに「IT後進国」となっている。
国連が隔年で発表している「電子政府ランキング」では、日本は2014年版で第4位にランキングされたこともあるのだが、近年は低迷を続けており、2020年版では14位にまで順位を落としている。アジア諸国で唯一、毎回ベスト3を維持している韓国から大きく引き離されているのが実態だ。
この状況を「デジタル敗戦」と認めた政府は、巻き返しを図るためにデジタル庁を発足させ、抜本的な国家DXを開始したのである。

(図1)国連の世界電子政府ランキング上位15カ国の変遷

(図1)国連の世界電子政府ランキング上位15カ国の変遷

出典:国連「United Nations E-Government Survey 2016・2018・2020」より作成

デジタル庁の誕生で、企業活動はどうなる?

デジタル化の推進で周回遅れのスタートとなった日本のDXを力強く進めるために、デジタル庁は発足した。同庁の広報では、国民生活が今よりももっと便利で快適になる未来が数多く提示されているが、企業活動やビジネスシーンには、どのような影響があるのだろうか――。
ここからは、その近未来像を探っていきたい。

まず気になるのが、政策のトップ項目に含まれている「GビズID」だ。
GビズIDとは、法人や個人事業主のための「共通認証システム」で、ひとつのIDアカウントで複数の行政サービスを利用することができる。これまでは、経済産業省が運営していたのだが、デジタル庁の発足と同時に同庁に移管。デジタル庁が推進役となることで、さらに機能や行政サービスの拡充が期待されている。
現在利用できる行政サービスは30件に満たないが、補助金申請システムのjGrants(経済産業省)やIT導入補助金(経済産業省・中小企業庁・中小機構)、社会保険手続きの電子申請(日本年金機構)、行政のポータルサイトe-Gov(総務省)等、利用価値の高いサービスが含まれている。大阪市の行政手続きがネット経由で行える電子申請サービス「大阪市行政オンラインシステム」等も含まれており、今後システムに加わる自治体が増えてくれば利便性が高まり、企業における普及率は一気に高まると予想される。

法人基本情報「gBizINFO」の機能強化に期待がかかる

中央省庁や自治体の行政システムが統一・標準化されることで、企業が享受するメリットは、デジタル庁サイトの「デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン群」に掲載されている「行政サービス・データ連携モデル」(次図)を見ると、イメージがつかみやすい。図の中には、情報収集や活用、各種申請・届出等の事務処理以外にも、新規取引先開拓、税務申告や決算公告、契約締結といったビジネスに役立つサービスのオンライン化が示されており、これらすべてが実現すれば、業務効率や営業力の向上に大いに貢献するはずだ。

(図2)法人活動のイメージ

(図2)法人活動のイメージ

出典:デジタル庁資料「行政サービス・データ連携モデル(β版)」より引用

特に今後の拡充が期待されるのは、経済産業省が運用する法人基本情報「gBizINFO(ジービズインフォ)」だ。図中では左下にある「法人インフォ」のことで、現在は「gBizINFO」に改名されている。
gBizINFOは政府が保有する法人データを、法人版のマイナンバーである「法人番号」にひも付けして整理し、行政が公表する種々の法人基本情報や活動情報をオープンデータとして提供しているサービスだ。2017年1月に稼働を開始し、機能を拡充してきた。
提供しているのは国税庁の法人番号情報、金融庁の企業財務情報(EDINET)、特許庁の特許・商標情報、その他各省庁における活動情報(補助金採択や届出・認定、調達等)で、2021年3月時点で約690万件のデータを提供している。

gBizINFOが稼働する以前は、ある企業の調達情報を調べたいと思えば、各省庁が保有する情報を、Webサイトや紙文書等から個別に探す必要があった。それが、gBizINFOを使えば、ワンストップで短時間・効率的に調査できるのだ。
今後、非上場企業のデータ集約にも取り組む計画で、中小企業等が決算情報を安価・簡便な手法で公告でき、同時に社会全体で決算情報を活用できるIT環境が整備されれば、非常に利用価値の高い企業データベースが完成することになる。

マクロの観点で見れば、地方の活性化と働き方改革が進むかもしれない

このように、行政とのやり取りに使う書類や資料等がデジタル化できることは、業務の効率化、コストや労働力削減の意味から、企業にとっては大きなメリットとなる。デジタルファイルは一度作成すればデータを再利用でき、標準的な申請・届出書類は、日付と宛名といった箇所を修正するだけで使い回しがきく。
無論、電子書類はオンライン申請ができる。大量の紙書類作成に追われ、窓口申請で苦労していた総務や財務、法務といった部署では、事務処理が簡素化され、日常業務における生産性が大いに向上するだろう。

デジタル庁が目指す、中央省庁と地方自治体のシステム統一・標準化がガバメントクラウドで実現されれば、事業所所在地による地理的不利益は解消され、大規模なオフィスを都心部に確保する必要性は薄くなる。業務のデジタル化、テレワークの普及と相まって、オフィスを環境のよい郊外に移し、福利厚生の充実や働き方改革を率先して推進する企業も増えてくるかもしれない。
こうした変革をマクロな視点で見れば、企業や人の都市圏一極集中が是正され、地方分散型社会の形成が進んでいくことになる。オフィス維持に関連するコストが削減されることで、企業が提供する商品やサービスは低価格になり、消費者や従業員に利益が還元される。このようにDX改革の進展は、日常業務から企業経営の根幹に至るまで、大きな変化と恩恵をもたらすことが予想される。

「DX改革特需」を見据えてビジネスチャンスを獲得したい

一方、IT市場の活性化という点でも、デジタル庁が推進するDX改革は企業にメリットを及ぼす。とりわけ、IT関連企業にとっては、これから2025年までの間に発生するDX改革案件は、特需と呼べるほどの活況を市場にもたらすはずだ。現状ではすでに、電子帳簿や電子インボイスに関わる会計ソフト会社が、新制度導入にともなうソフトウエアのアップグレードに取り組んでおり、業界によってはもう特需が始まっている。

これまで、大手ITベンダーによる囲い込みで、参入を阻まれていた中央省庁や地方自治体へも、準大手ベンダーや新興企業が進出し、健全な競争原理が働くであろう。デジタル庁が主導して、システムの統一・標準化を行い、調達の公平性も指標化されるので、従来のような「ベンダーロックイン」が起こる余地はない。結果、企業や市民といったエンドユーザーに利便性の高い、最も合理的なシステム構築がなされていくはずだ。

デジタル庁では9月の発足直後に、「ガバメントクラウド整備のためのクラウドサービスの提供(地方公共団体による先行事業及びデジタル庁WEBサイト構築業務)」を公募したのだが、この採択結果が10月に発表された。
政府が構築する共通クラウド基盤に採用されたのは、AWS(Amazon Web Services)とGCP(Google Cloud Platform)の2社。3社の応募があったが、セキュリティや業務継続性など350の項目を満たした2社を選定したという。同時に公募した自治体のシステムを、2社で構成したマルチクラウド上で稼働させ、ガバメントクラウド構築に向けた課題を検証していく予定だ。
実証事業には神戸市等11の自治体が参加。住民サービスに影響が出ないよう既存システムと並行して稼働させる。現在は、各自治体ともコストをかけて、独自システムを開発・運用しているが、ガバメントクラウド上で「標準準拠システム」を運用できるようになれば、全国の自治体で大幅なコスト削減とセキュリティ強化が実現される。

2022年度には、クラウドサービス業者の再選定が行われるが、いずれにせよ現状では、AWSとGCPのクラウド関連サービスを販売しているベンダーやIT企業は、全国の自治体においてビジネスチャンスが拡がっていくと思われる。とりわけ、クラウドサービスの運用や管理、アプリケーションに精通した技術者を抱える企業は、規模の大小を問わずDX改革市場で優位性を発揮できるはずだ。その観点からIT関連企業の多くは、力を入れるべき事業領域として、クラウドサービスとその周辺市場に照準を合わせている。

クラウドサービスとその周辺市場

DXの進展で存在価値を失う企業もある

ここまでは、デジタル庁の発足で企業が受ける影響を、メリット面を中心に検討してきたが、デメリットはまったくないと言えるのだろうか――。

現状、推測できる範囲だけでも、社会や産業界のDX推進で、直接的にデメリットを被る企業はあると言える。例えば、公文書のデジタル保管が普及すれば、紙媒体の保管市場に関わってきた企業は、売上が先細りするのは避けられないはずだ。印刷がDTPになり写真がデジタルに切り替わっていった時代、写植技術者や写真フィルム市場、オフセット印刷、アナログカメラマンといった存在が価値を失い、衰退していったのは紛れもない事実だ。
ひとつDX変革が進むたびに、関連する業界や業種で存在価値を失い、淘汰されていく企業は出てくると考えられる。しかし、それを早期に予期して対策を立て、従来からの強みを生かして次の成長市場へと上手くシフトしていった日本企業は多い。日々の業務に追われ、中長期的ビジョンを立てにくい中小企業こそ、DXの進展による市場の変革を見越して、次代の企業戦略を練っておきたい。

DXに消極的な企業は淘汰される時代に

さらに総論として言えばDXの進展は、事業や業務のデジタル化に疎く、DXに消極的な企業にとっては、ネガティブな変化となるであろう。

例えば、前述した2023年10月から導入される制度「電子インボイス」は、中小企業といえども対応できなければ、重要な取引先を失うという死活問題につながっている。しかしながら、あまりの急展開に事態がよく飲み込めず、右往左往している中小企業はいまだに多い。電子インボイス本格導入の方向性が政府により決定されたのが2020年7月で、直後に「電子インボイス推進協議会(EIPA)」が設立され、拙速の展開でここまで進んできたからだ。

CHANGE

制度開始によりB to B取引を行う企業は、発注者(買い手)から「適格請求書(電子インボイス)」の発行を求められ、その写しの保存が必要となるため、電子化は必須のものとなる。クラウドサービス活用等のデジタルシフトができなければ、事業の継続性さえ危ういということだ。

ICTリテラシーの低い企業は生き残れない

デジタル庁によるこうしたDX改革は、まだやっと端緒についたばかりである。請求書の次は、領収書のデジタル化、精算のキャッシュレス化、税・社会保険手続の電子化・自動化といったDX案件が続いていく。また年明けの2022年1月には、「改正電子帳簿保存法」が施行されるので、財務や経理担当者は目前の電子化対応に追われている。

つまるところ、デジタル庁が推進するDX改革とは、ICTリテラシーの高い企業と低い企業の間で格差が広がり、いずれはそれが優勝劣敗へとつながっていく「デジタルデバイド」の時代に突入することを意味している。「デジタル敗者」にならないためにも、ICTに強い人材を育て、DXに精通した経営者仲間や取引先を広げていく努力をすべきであろう。
デジタル庁が司令塔となり、社会や産業界で進む一連のデジタル化の流れで、企業におけるICTの役割はますます重要になる。企業規模の大小を問わず、ICTをダイナミックかつ生産的に使いこなせる企業が飛躍していく時代になるはずだ。

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著者 OPTAGE for Business コラム編集部

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