- 公開日:2022年07月13日
企業に広がる「デジタルデバイド」問題。手遅れになる前に取り組むべきこと
なぜいま企業で、「デジタルデバイド」が問題視されるようになったのか?
これまでは地域間や個人間の格差問題として扱われてきた「デジタルデバイド(情報格差)」が近年、企業の将来性を左右しかねない不安要素として問題視されるようになってきた。その理由は、コロナ禍を契機とした社会全体の急速なデジタル化を背景に、デジタル対応能力の個人差が、以前にも増して顕著になってきたからだ。そのため企業の間でも、「デジタルデバイド問題」の解消に乗り出すところが増えている。そこで今回は、いま国内企業で起きているデジタルデバイド問題と、課題解決に向けた有効な対策を特集する。
「デジタルデバイド」とは、IT機器やICT(情報通信技術)を使える層と使えない層との間で生じる格差のことで、デバイド(divide)は「分割」「分裂」「分離」などの意。一般には「情報格差」や「デジタル格差」と呼ばれている。
IT機器を利用する頻度の差やICTリテラシー(利用能力)の差によって生じるこうした個人ごとの格差は、最終的には経済的・社会的格差につながるという概念で、主として情報基盤をインフラとして整備する必要性を訴える政策の中で論議されてきた。
そうした経緯から、デジタルデバイドによる格差問題はこれまで、個人間や集団間、地域間、国家間の問題として取り上げられることが多かったのだが、昨今では企業活動を阻害する問題として注目を集めるケースが増えてきた。その背景には、コロナ禍を契機として急速に普及したテレワークや企業DX(デジタルトランスフォーメーション)の活発化、国家戦略として急進展している社会全体のデジタル化が指摘される。
例えば、テレワークが常態化したために、クラウドやグループウエア、Web会議などを使う機会が多くなったが、こうしたツールを使いこなせていない社員は、従業員間の意思疎通が取りづらくなっているだろう。今までは直接会話していたことができなくなり、コミュニケーション不足に繋がっている場合もある。そして、企業DXの推進においても、ITスキルの低い社員は社内システムのデジタル化についていけず、逆に足を引っ張ってしまうといった弊害も起きている。このように、企業環境が一気にデジタル化する昨今、組織内で働く社員の間で、デジタル対応能力の高低差がはっきりと認識されるようになったのだ。
ITスキルやICTリテラシーの低い社員は従来、PCやICTが苦手な「情報弱者」と呼ばれる中高年層に多かったのだが、近年ではスマホネイティブの「Z世代」と呼ばれる若年層にも、PCを使えない社員が増えている。スマートフォンが駆使できるので情報弱者ではないのだが、ビジネスシーンで最もよく使うWordやExcel、PowerPointなどのアプリケーションに慣れていない新入社員が増えているのだ。こうなるとデジタルデバイドは、企業活動の根幹を揺るがす問題となってくる。
デジタルデバイドが組織内に蔓延すると、どんな問題が起きるのか?
では、デジタルデバイドが企業内で広がると、どのようなことが生じるのだろうか――。
具体的な問題をあげてみたい。
①生産性向上機会の損失
帳票や書類の電子保存によるペーパーレス化、テレワークでも可能な稟議書提出や見積・請求・精算業務など、企業のデジタル化が進むとこれまでの非効率が改善され、社員一人当たりの生産性は飛躍的に向上する。逆に、ICTリテラシーの低い社員が多いと、デジタルシフトの推進速度が遅くなってしまい、せっかくの生産性向上機会が損なわれる可能性もある。組織力の優劣は、構成員が均質な能力を保有し、一斉に作戦行動を実行できるかどうかにかかっているものだが、デジタルデバイドはこうした成功のための前提条件が欠ける厄介な問題だ。
②企業競争力の低下
全社員のICTリテラシーが一定レベルに達している企業では、デジタルシフトや企業DXがスムーズに進み、生産性や営業力、収益力、グローバル化などが相乗効果的に向上していく。結果、業界における企業競争力が向上し、競合他社とのサバイバルレースでも優位に立つことができる。
逆に社員間のデジタルデバイドが著しい企業では、組織のデジタル化やDXが遅れ、業界内での競争力は相対的に低下していく。すなわち、企業内の問題であるデジタルデバイドが対外的な企業間の格差へとつながり、気づかぬうちに業界内での競争力を低下させていく危険性をはらんでいることになる。「風が吹けば桶屋が儲かる」と同じで、社員間のデジタルデバイドは、社内から社外へと波及していき、決定的な企業損失につながる可能性が大きいのだ。
③企業DX推進の阻害
国家戦略の重点施策として掲げられているように、DXの推進は、企業活動における最重要課題として位置づけられているが、デジタルデバイドは、そのDX推進の足を引っ張る潜在的な不安要素のひとつだ。
ICTリテラシーの低い社員は、DXプロジェクトに参画できず、その分だけ人的パワーバランスが崩れる。一部のIT人材にばかり負担のしわ寄せがいき、ITスキルのない社員は先産性を低下させるばかりで孤立感を深めることになる。こうした負の連鎖により、企業DXはますます推進力を失っていく。
④セキュリティリスクの増大
近年、企業におけるセキュリティ脅威のトップは「ランサムウエアによる被害」だ。ランサムウエアは身代金要求型の不正プログラムで、感染するとPC端末やサーバに保存されているデータが暗号化され使えなくなる。攻撃者は、メールやWebサイトに悪意あるリンクを埋め込み、クリックさせることで不正プログラムに感染させる。ICTリテラシーの高い社員であれば、こうした標的型メールや不審サイトのリンクは避けることができるのだが、リテラシーの低い社員は、深く考えずにクリックしてしまうケースが多い。
ランサムウエアのみならず、マルウエア(悪意あるソフトウエア)の感染被害は、ICT問題に関心の低い社員や下請け企業を踏み台にして行われるケースが圧倒的に多い。このように、社員間のデジタルデバイドが著しい企業は潜在的に、サイバー攻撃に対するセキュリティリスクが増大する傾向にあることを認識しておくべきだろう。
⑤デジタル弱者社員の孤立による組織力の低下
「デジタル弱者」となった社員は、デジタル化が進む企業において人的パワーに組み込まれず、組織の中で孤立感を深めていく。そういった社員が増えていくと、組織力そのものが衰弱していくことになる。
例えば従来は、デジタルには疎くてもコミュニケーション能力の高い社員が、顧客回りなどで営業成績を積み上げてきたものだが、非接触型営業が前提となった昨今では、それも発揮できない。社会全体のデジタル化が進めば、そういったアナログ型社員は、ますます能力を発揮する舞台を奪われていくことになる。
また、働く人にとっても、ITスキルやICTリテラシーのレベル差は、昇進機会や待遇・収入の格差へとつながる切実な問題となり、労働意欲の低下へとつながっていく。このように社員間のデジタルデバイドは、組織力や企業活力を低下させる恐れもあるのだ。
デジタルデバイド解消に有効な対処法は?
では、デジタルデバイドの弊害に陥らないために、企業がとるべき対応策は何だろうか――。ここからは、デジタルデバイド問題を解消するために、企業がとるべき有効な方策を検討していきたい。
◎まずは、自社内の「デジタルデバイド度」を把握する
まず着手すべきは、企業内に存在するデジタルデバイドの進行度を「見える化」することである。全社員にICTリテラシーやITスキルに特化したアンケートを実施する、あるいは同種の社内検定を制度化するのも一案だ。
収集した結果は一定の基準を設けて数値化し、役職、部署、職務、世代といった項目別に比較検討したい。こうすることで、企業内のどこで最もデジタルデバイドが顕著なのか、ピンポイントかつ定量的に把握できる。なぜそのような結果となっているのか、原因と改善のための仮説を考察することも重要だ。
概してこういった調査は反発を受け実施しにくいものだが、企業DX推進のために必要不可欠といった認識を社内に浸透させて遂行したい。
◎IT機器やICTに特化した社員教育の推進
社員のデジタル対応能力を均質化しつつ向上させるには、社員教育を制度化し、自発的にICTリテラシーを向上させることができる「学び」の環境を整備することが効果的だ。社内で行う講習会や勉強会のほかに、社外の教育専門企業での学習も支援する制度などが有効であろう。
ICTリテラシーの低い社員には、IT機器を日常的に利用できるハード環境をオフィス内に整え、「習うより慣れろ」の手法で、情報弱者からの脱却を支援していきたい。また、社員がトレーナーになって、仕事に活かすためにICTをいかに活用すべきかを指導する、社内勉強会なども効果があるだろう。
◎DX人材を育成するためのリスキリングの実施
デジタル対応能力が一定のレベルにある社員は、さらにスキルを磨き、企業DXの推進者となれる人材に育成したい。国の政策でもその重要性が指摘されている「リスキリング(Reskilling)」である。
リスキリングとは、「新しい職業に就くため、あるいは今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得すること」だ。近年、DXを急務の課題とする企業の間では、DXによって新たに必要となる業務・職種に順応できるように、社員にリスキリングを推奨・支援するところが増えている。
とりわけ、やる気のある、吸収力の高いZ世代にリスキリングによる能力開発を推奨すれば、デジタルデバイドの解消と企業DXの推進が一石二鳥で行えるはずだ。例えば、ある大手製造業では、従来は外部発注していた自社製品用のアプリケーション開発を内製化するために、プログラミング技術の修得を若手の非デジタル人材に推奨し、DX人材の育成に成功している。また某大手化粧品メーカーでは、オンラインコマースをDXの柱と位置づけ、若手から希望者を募り、ネットでのライブ配信販売、SNSとWebサイトの連動などの技術を修得させて、新たな販路の構築につなげた。このように、非デジタル人材であっても、やる気と吸収力があれば、DX人材は社内で育てることができるのだ。
◎情シスを疲弊させない制度やシステム整備
デジタルデバイド問題でよくある現場の悩みが、IT関連のトラブル・困りごとが全て情報システム担当者に持ち込まれる「負の一極集中化」である。
社内システムのトラブル時に起きる全社的な問い合わせはもちろん、社員からの初歩的な質問まで、情シスはデジタルデバイド問題の矢面に立たされる一番のハードワーカーである。企業でIT人材が育たない、定着率が悪いのは、激務なのに賃金が低いといった待遇問題がある。また、IT人材は派遣で補充できるという場当たり的な考え方も、優秀なプロパー社員が育たない一因と言われている。
こうした弊害を解消するためには、まずは自助努力で対処できる仕組みを会社が用意しておくのが効果的だ。例えば、「よくある問い合わせ」をFAQ形式で公開しておくのは、比較的簡単で費用対効果が高い。また、最近ではチャットボットを導入して、一次対応をAIに任せるといった手法も注目されている。チャットボット導入支援を専門とするベンダーも増えているので、敷居はさほど高くないはずだ。
このように、IT人材の待遇を改善することも含めて、情報システム担当者の労働環境を改善する体制づくりも重要だ。
デジタルデバイドは企業体力を衰弱させる「未病」に似ている
デジタルデバイドは、企業における未病に似ている。医者にかかるほどの症状ではないが、健康を損なう危険因子として、じわじわと企業の体力を蝕んでいく。放置しておくとやがては慢性疾患となり、企業の体力そのものを失わせる重篤な病となる。
デジタル社会が急速に進展している現在、その危険性は年々増大しているのだが、目に見える弊害ではないだけに、問題解消に着手する企業はまだ少ない。しかし、どこの企業にも、「デジタルデバイド病」のリスクファクターは潜んでいることを認識しておくべきだ。
デジタルデバイドに立ち向かうには、こうした問題に詳しいITベンダーやコンサルタント企業に相談してみるのもひとつの方法だ。そのためにもまずは、他人事だとは思わず、社内の「デジタルデバイド度」を、感覚ではなく定量的に把握することから始めたい。
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