スマートホーム標準規格「Matter」誕生!シェア争いからユーザーファーストに

スマートホーム標準規格「Matter」誕生!シェア争いからユーザーファーストに

メーカーが独自のIoT規格でシェア争いを続けてきたスマートホーム市場に、2022年10月、標準規格の「Matter(マター)」が誕生しました。Matterの特長とは?市場の統一は進むのか?日本のスマートホーム普及は加速するのか?話題の新規格Matterの気になることを、まとめて特集しました。

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ユーザーファーストとはいえないシェア争いが続いていたスマートホーム市場

スマートホームとは、住宅内の電化製品や情報家電製品をネットワークで一括管理し、これらを音声や外出先のスマートフォンなどでコントロールすることで、快適な生活が実現できる住まいのこと。あらゆる物がネットにつながるIoTの普及とともに、スマートホームは発展してきました。最近では、AIを搭載したスマートスピーカーや、外出先からでもスマホで操作ができるスマートリモコンなど、通称「スマート家電」と呼ばれる電化製品が人気を集めています。

便利で快適な暮らしを実現してくれるスマートホームですが、その普及を遅らせる根本的な問題がありました。スマートホーム製品をインターネットにつなぐIoT規格がメーカーによってまちまちで、規格の異なる製品同士だと簡単にはつなげられないという問題です。
これまでスマートホーム製品で使われてきた代表的なIoT規格は、Wi-Fi、Bluetooth、Z-Wave、Zigbee、Threadの5種類で、メーカーはいずれかの規格を使った製品でシェア争いを続けてきました。各規格の特徴は次表の通りです。

<スマートホーム製品の代表的なIoT規格>

これらの乱立するIoT規格は、IT知識が豊富ではない一般ユーザーにとっては迷惑な話で、同じスマート家電なのにメーカーが違うだけでシームレスに一括管理できない、後付で購入した製品が異種規格だったために連携できない、といった不都合が発生する原因となっていました。
これではユーザーの利便性が損なわれ、現状のまま規格の乱立を続けていけば、いずれはスマートホーム市場の成長を阻害するネックとなる恐れがあります。そこで、業界大手のAmazon、Google、Appleを始めとする500を超えるグローバル企業が参集して、標準規格を主導する組織CSA(Connectivity Standards Alliance)を立ち上げ、スマートホーム標準規格Matterを策定したのです。

最初の仕様「Matter1.0」が公開されたのは2022年10月。誕生したばかりの規格ですが、ユーザーにとっては大きな恩恵をもたらしてくれます。Matterを採用したスマート家電であれば、メーカーが違っても簡単に連携接続することができるので、ITに強くないユーザーでも、安心してスマートホームを導入できるからです。まさに、シェア争いという戦国時代から一転して天下統一を目指す、顧客本位の「合従連衡」と言えます。

Matterはスマート家電のUSB、普及すればユーザーはもう悩まなくてもいい

Matterがスマートホーム市場で普及すれば、ユーザーはどのような恩恵を受けるのでしょうか?イメージとしてわかりやすいのは、IT機器接続におけるUSB(ユニバーサル・シリアル・バス)の普及です。

USBが登場する以前、PCとIT機器を接続する規格は多々あり、キーボードやマウスには専用コネクタ、プリンターにはシリアルポートとパラレルポート、外付けハードディスクにはSCSIというように、専用のケーブルを何種類も用意する必要がありました。しかも、メーカーによって採用している規格はまちまちで、PCをリプレースするたびに、ケーブルや周辺機器を見直さなければなりませんでした。ところが、USBの登場により、大半のIT機器がUSB規格を採用するようになり、こうした不便は一挙に解消されました。
「ユニバーサル(汎用)」の名称通り、USBケーブルひとつで簡単に接続ができるのはもちろん、小型サイズのUSB端子も開発され、今ではスマートフォンでさえ種々のIT機器と簡単に接続できます。このようにUSBの登場により、PC初心者でも不安なくIT機器を接続できるようになったおかげで購買層の裾野が広がり、PC周辺機器市場が活性化されるという効果がもたらされました。

同じような効果が、Matterにも期待されています。スマートホーム製品の多くがMatterの接続規格を採用するようになれば、ユーザーはメーカーの違いなど気にせず、安心して好みのスマート家電を購入することができます。ITが苦手なため、これまで二の足を踏んでいた消費者層の購買意欲を大いに刺激するはずです。Matterの登場が、スマートホームの普及率を一気に加速させるのではないかと言われているのは、そういった理由からです。

Matterの4つの特長とセールスポイント

それではここからは、CSAの公式サイトの情報をもとに、Matterの特長とセールスポイントを見ていくことにします。CSAではMatterの特長は、次の4つであるとしています。

<Matterの特長>

これら4つの特長から生まれる、Matterのセールスポイントは次の通りです。

◎Matter対応製品であれば、メーカーに関係なく簡単に連携して操作ができる

Matter最大のセールスポイントは、メーカーの垣根を超えたシームレスな相互運用性にあります。これまでは、製品ごとに専用アプリをインストールする必要がありましたが、Matter対応製品であればMatter対応アプリひとつで、メーカーに関係なく操作が可能になります。Matter1.0で標準化された対象デバイスは、次の通りです。

<Matter1.0で標準化された対象デバイス>

◎Amazon、Google、Apple各社のスマートスピーカーで音声操作ができる

Matterの策定を主導する組織CSAには、スマートスピーカーのビッグ3であるAmazon、Google、Appleが参加しているため、最も広く普及している3社のスマートスピーカーがMatter対応となります。そのため今後、3社が市場に投入する最新スマートスピーカーであれば、Matter対応製品を一括管理するハブとしてメーカーに関係なくリモート操作が可能になります。ユーザーは、連携できるかどうかを気にせず、好きなブランドのスマート家電を自由に組み合わせることができるのです。

◎インターネット切断中でもローカル接続で操作が維持できる

従来のスマート家電はインターネット接続が前提であったので、なんらかのトラブルでネットが切断すると、操作ができなくなるという根本的な弱点を抱えていました。Matterは、Wi-Fi通信方式のみならず、メッシュ型のネットワークトポロジー(データの流れ方を表す論理的な構成)を形成するThread通信方式にも対応することで、この問題を解決しています。
メッシュ型のネットワークトポロジーは、複数のデバイスが相互通信をしながらデータを中継することで通信可能な範囲を拡張することができ、遮蔽物があっても迂回して通信を維持できる構造になっています。そのため、インターネットが通信できなくなっても、スマートスピーカーの管理機能でMatter対応デバイスのひとつがルーター代わりとなり、その他の全デバイスの通信経路を確保できるのです。
大規模なネットワーク障害やWi-Fiルーターの不調が生じた際に、ネットが使えなくてもローカル接続で操作が維持できる点は安心感にもつながり、ユーザーにとっては大きなメリットと言えます。

◎セキュリティが強化されている

Matterはインターネット通信を利用するので、不正なアクセスやサイバー攻撃を防ぐセキュリティ対策は必須です。そのためMatter対応製品は、独自の公開鍵と秘密鍵、デバイス証明書、Matter準拠を証明するCSA認証、デバイス固有のQRコードなどの情報を保有しています。
これらの認証情報を利用することによってMatter対応製品は、デバイスの認証、接続デバイス同士の相互認証、安全なプロトコルを利用したデバイス間通信、認証・証明情報の安全な保管、安全なファームウェアの更新など、セキュリティ機能をより強固なものにしています。

Matterにはいくつかの課題も残っている

このように、いい事ずくめに思えるMatterですが、現段階のMatter1.0には、まだ改善すべき課題(デメリット)がいくつかあります。

■Matter対応製品でもアプリによっては操作が限定される

Matter対応製品は、メーカー純正のアプリであれば全機能のコントロールが可能ですが、サードパーティ製アプリでは、基本的な機能しか操作できません。その製品固有のオプション機能や便利機能などは、専用に開発されたアプリでないと操作できないからです。またサードパーティのアプリは、外出時にスマホから遠隔操作ができず、住宅内のローカル接続のみの操作となります。

■同じグレードの製品でもMatter対応製品は割高になることも

Matterは登場したばかりの新しい共通規格なので、各メーカーとも製品やアプリをMatter対応に改良する作業が余分に発生します。それらの開発費に加え、CSAに納めるMatter認証費用を製品コストに加算しなければならず、量産体制が整うまでは、同じ機能を持った製品と比較した場合、市場価格が若干割高になる傾向があるようです。

■ローカル接続操作中のスマホは外部と通信できない

インターネットに接続できなくても、ローカルネットワークで操作ができる点はMatterの強みですが、ローカル接続で操作中のスマホは、移動体通信が使えないというデメリットがあります。その間は、移動体通信を利用している通知機能なども動作しません。

■初期設定は簡単だが2.4GHzのWi-Fi接続が必須

Matter対応機器同士の初期設定は、製品ごとに用意されているQRコードをスキャンするだけ。面倒なパスワード入力がいらず、IT機器に詳しくない人でも簡単にIoT端末の追加とセットアップができます。このように、機器同士のペアリングが超簡単という点がセールスポイントなのですが、ペアリング通信の時には必ず、2.4GHzのWi-Fiにつないでおく必要があります。一般に普及しているWi-Fiルーターには5GHzの周波数帯もあり、初歩的な不安要素となる可能性は否めません。

このように現バージョンでは、いくつかの改善すべき課題はありますが、CSAは迅速なアジャイル開発をモットーとするIT企業の集まりですので、順次解決していくのではないかと思われます。

Matterの今後の展望――国内のスマートホーム普及は加速するのか?

Matter1.0で対象となったデバイスは前述の通りですが、今後はスマートカメラやロボット掃除機といった人気商品にも拡大されます。また、さらなる利便性を高めるために、2年に1回の割合でアップデートが実施される予定です。
一方、Matter規格を採用する海外を中心としたメーカーサイドの動きも活発です。Matter1.0の公開直後(Matter1.0の規格仕様書はCSAの公式サイトからダウンロードできます)から、多くのスマート家電メーカーがMatter対応製品の開発を発表しています。
業界大手のAmazonやBrilliantはいち早く自社製品へのMatter導入を宣言しましたし、日本でもスタートアップ企業などがMatter対応製品の開発を発表しています。2023年4月時点で、CSA公式サイトで紹介されている認定製品は4,000以上に増えており、ジャンル別に検索できるようになっています。この勢いから見ても、スマートホームの標準通信規格として定着するのは確実だろうと言われています。

このようにMatterの登場で、グローバル市場では急拡大しているスマートホームですが、日本でも今後の普及速度に弾みがつくのでしょうか――。
ドイツのStatistaの調査によると、スマートホームの普及率はイギリス、アメリカ、韓国、ノルウェーが40%を超えている一方、日本は23.6%にとどまっています。
日本での普及率はもっと低いとも言われており、例えばBENRI LIFE(ベンリライフ)が2023年1月に発表した調査「日本におけるスマートホーム市場の動向とその発展の歴史、および今後の予測に関して(2023年版)」によると、スマートホーム家電の認知率は、2023年時点で73.6%に達しているのに対し、実際の利用経験者は10.9%にとどまっています。他の調査でも数値は似通っており、総務省の「令和3年情報通信白書」では、2021年のスマート家電等の世帯保有率ベースでは9.3%、ICT総研の「2021年スマートホーム家電の利用動向に関する調査」では、スマート家電を利用している回答者は13.2%となっています。日本でのスマートホーム普及率は10%周辺というのが実態のようで、前述した欧米などのスマートホーム先進国の普及率40%超に比べ、かなり低い数値となっています。

ここまで普及率が低い理由のひとつには、欧米に比べ治安のよい日本では、ホームセキュリティに対する関心が薄く、スマートホーム化に対するニーズが低いというお国柄があります。それに加えて、Matter登場以前のスマートホーム製品は、IT初心者にはかなりハードルの高いものであったことが障壁となっていました。
前述したBENRI LIFEの調査によると、スマートホーム家電(スマートホーム化)で課題に感じる点は上位から、「設定が面倒、難しい」(27.6%)、「価格が高い」(26.6%)、「ネットワークにつながりにくい」(22.4%)、「操作がしずらい」(20.1%)、「製品の選定が難しい」(19.9%)、「できることがよくわからない」(17.2%)――となっています。
これらの課題の大半は、通信規格の乱立が原因であり、共通規格のMatterがスタンダードになれば、ほぼ解決できる問題です。これにより国内のスマートホーム市場が活性化され、製品が量産化されるようになれば、「価格が高い」という課題も改善されます。こうして見るとMatterの普及は、日本のスマートホーム普及を急加速させる起爆剤になる可能性を大いに秘めていると言えます。

日本がガラパゴス化しないためには、大手企業の奮起が欠かせない

このように、Matterの登場で国内のスマートホーム市場が急成長する下地はつくられたのですが、肝心の大手家電メーカー勢の動きは活発であるとはいえません。
Matterの規格を進めるCSA(Connectivity Standards Alliance)のメンバーシップには種類があり、仕様策定を主導するボードメンバー「Promoter」には29社が名を連ねていますが日本企業はゼロ。次位の、仕様策定に関わりワーキンググループへの参加権を持つ「Participant」には274社中日本企業は9社入っていますが、半数はスタートアップで、日本の大手メーカーは大きく遅れを取っているのが現状です。
一方で、韓国携帯電話大手のサムスンは2023年1月、Matter準拠のスマホアプリの技術開放を実施し、早くもMatter時代を見据えた手堅い戦略を展開しています。こうした現状を見て、「携帯電話の時と同じように、日本のスマートホーム市場はガラパゴス化していくのでは...」と不安視する声も聞かれ始めました。

これまでのスマートホームは、規格の乱立で製品選定や接続設定が初心者には難しく、問題なくつなぐ(連携通信できる)ことに価値の重きが置かれていたのですが、Matterの登場でこれが変革されます。これからのスマート家電は簡単に連携通信できるのは当たり前で、つながることでどのような付加価値をユーザーに与えてくれるのか?が重視される時代へと移行するはずです。Matterの登場で、これまでにない発想で住環境を革新するような製品が続々と誕生し、生活の質をぐんと高めてくれる近未来的なサービスが発明されることが期待できます。すなわち、スマートホームの真の価値が問われる、成熟の時代に突入すると考えられます。
ここで強みを発揮するのは、応用力に長けた日本の大手企業です。技術力で世界市場を席捲してきた日本の家電メーカーが、Matter対応のものづくりで、どこまで本気を出すかが鍵を握っています。その意味でも、国内のスマートホーム市場からしばらくは目が離せません。

◎製品名、会社名等は、各社の商標または登録商標です。

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著者 OPTAGE for Business コラム編集部

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